イベント報告
第23回ロタブルー・トライアスロン
2017年11月18日(土)
23rd Rota Blue Triathlon
■KFC徒然

11月18日(土)に第23回ロタブルートライアスロン大会を開催しました。

1994年に第1回大会を立ち上げました。その後の23年間に世界は大きく変化したというのにロタ島は立ち上げ当時の1994年と ほとんど変わっていません。というよりもその当時の方が明らかに経済に活気がありました。

グアム島やサイパン島は大きく発展 しましたが、ロタ島はこれらの発展きから取り残されたような、まさに南洋の孤島になってしまいました。

【2016年開催中止】

紆余曲折はありましたが、それでも、2015年まで毎年開催をしてきました。KFCの原点ともいえる大会です。しかし、昨年の2016年は思い切ってお休みにしました。

理由は、チャーター便によるツアー代金が高くなり過ぎたからです。具体的には、2001年の9.11NYテロを機に航空業界の景気が 悪化し、再編が進み、2013年にコンチネンタル航空(CO)がユナイテッド航空(UA)に合併されてからは、それまでのCOのチャーター便に比べ、 UAのチャーター便は成田からのロタ島への自転車輸送が困難になりました。

そのチャーター便には自転車が30台ほどしか搭載できないのです。 CO時代は別のCO機材で100台ほどのバイクをグアムまで運んでくれていたので何とかなっていました。

しかし、UAはそれができなくなり、苦肉の策として、日本からグアムまでは通常便で行き、グアムからロタ間をUAチャーター機で 結び、その間だけ独自の自転車カーゴ便を仕立てることで対応しました。でも、これではチャーター便の意味はなく、費用がかさむだけで しんどいものがありました。

【身の丈に合った大会へ】

今年からはロタ島の身の丈に合った大会にしようと決めました。すなわち、選手の大量輸送が可能なチャーター便を止め、 機材の小さいレギュラーフライトだけによる開催に舵を切りました。

そうすることで、大会の規模は自ずと小さくなり、運営費は きつくなりますが、選手のツアー代金が抑えられ、ロタ島での滞在時間が長くなり、皆さんにロタで遊んでもらうことができます。

ところが、旅行社任せではグアム〜ロタ間のバイク輸送部分が困難で非常識の費用が掛かることがわかりました。そこで、 6月にロタ市長エフレン・アタリックに相談に行きました。

結果、懸案のグアム〜ロタ間の自転車搬送のカーゴ便のアレンジとその費用はロタ島ガバメントが 負担してくれることになりました。ありがたいことです、長年の信頼関係がなせる業です。それで、やっと今年、第23回目として 再開できたという次第です。

【まずはサイパン入り】

11月9日(木)午後3時頃にサイパンへ到着しました。ここからロタ大会の準備が始まります。

サイパン空港近くのレンタカー屋スタッフに到着と同時に車を空港へ持ってきてもらい、空港から観光局へ直行し、さっと ロタ大会の打合せを済ましました。その後、Tシャツ工場へ行き、 日本からオーダーしておいた参加賞のTシャツとCapの 支払いをしました。

出足のレンタカー屋スタッフがオンタイムで動いてくれたので助かりました。 これらの仕事をその日の営業時間中にやっつけて しまわねばならないので、時間との競争です。何故なら、運悪く、翌日(金)が振替休日で観光局や工場が休みになるからです。

そして、夜は6時から現地サイパンのトライアスロン連合の友人たちとカノアリゾートのレストランでディナーミーティングです。 来年3月開催のタガマンのミーティング、と云ってもワイワイガヤガヤの雑談がほとんどです。彼ら10人ほどは翌週末のロタ大会に 参加するので、余裕をもって1週間前に船便で自転車をロタまで送ると話していました。ローカルたちでさえ、ロタへの自転車持ち込みは たいへんなのです。

【サイパンの特殊事情】

実は、2009年の連邦化移行(マリアナ諸島の自治権が消滅し、完全に米国の一部になること)の影響で、近年サイパンはで外国人の 出稼ぎ労働者用のUSビザが発給されないことが社会問題になっています。そのため、出稼ぎ労働者が母国へ帰ったり、 地下へもぐったりしています。

我々の友人の中にも多くいます。困ったものです。サイパンでは外国からの出稼ぎ労働者がいないと、観光業を始め、経済は立ち 行かなくなります。

何故なら、サイパンの社会構造はガバメント(政府)の仕事はチャモロ人(サイパン人)が担い、その他の観光業や建設業は 全て出稼ぎ労働者が担っているからです。そんな事情で、サイパンにとって出稼ぎ労働者は必要不可欠なのです。

例えば、レンタカー屋のスタッフやTシャツ工場のスタッフはフィリピンからの出稼ぎ労働者です。 Tシャツ工場のスタッフはTシャツ等々を仕上げて、ロタへエアカーゴ便で送ってくれます。そのお陰で我々の手間が省け、時間の無駄がありません。彼らは大会を 運営する上で縁の下の力持ち的存在です。

我々日本人(外国人)が島で大会を運営するには観光局や市長等々の島のリーダーたちだけでなく、 下々の労働者たちのスマートな働きなくしては不可能なのです。大切な友人たちです。

翌10日の夕食はジェームス宅で、美味しいローカルBBQをご馳走になりました。大西とジェームスとは 10年以上前から ブラザーと呼び合う仲です。彼のファミリーは大きく、島の政治や経済に精通しており、頼りになる男です。大西の情報源の一人です。 そして、彼の家はKFCのサイパン基地的となっています。

【大事件発生!】

11日(土)にロタ島へ入りました。13日朝、9日にサイパンから宿泊先のロタリゾートへ空輸した参加賞の 段ボール箱(Tシャツとキャップ)が届いていないということが分かりました。行方不明になってしまったのです。

たかがTシャツですが、島民たちボランティアが楽しみにしており、これがないと 大会運営に支障をきたします。結局、他の荷物に紛れて、ロタリゾートのレストランンへ 運ばれていたのです。これの捜索にロタ空港へ出向いたり、 サイパンのTシャツ工場へ電話したり等々して貴重な時間を丸一日費やしてしまいました。

【続いて大問題発生!】

試泳のある17日(金)にオイルタンカーがロタ島のイーストハーバーへ来て、石油をモービルのタンクへ陸揚げするという。 これは大問題です。なぜなら石油の陸揚げ日は朝から夕方までイーストハーバーが封鎖になるからです。 当然、試泳はできません。 これは市長の権限外のことなので、厄介な問題です。

それで、朝一にモービル石油事務所へ日程変更の交渉に出向きました。結局、大会翌日の19日(日)に変更してもらうことができ ました。 これも偏にトライアスロン大会が島民皆にとって大切なイベントであるという証拠です。とにかくやれやれです。

午後1時からメイヤーズオフィス(市役所)でキックオフミーティングをしました。警察、消防、病院、観光局、学校など、 ガバメントの各部署のスタッフが一堂に集まっていました。

ロタ大会では、以前から各エイドをガバメントの各部署がそれぞれ 手分けして担うことになっています。何といってもロタ島が楽しみにしている年に一度のビッグイベントですから、 島が官民総力を挙げて取り組みます。

【極上のイベント、試泳】

17日(金)午前11時からソンソン村にあるベイビューホテルで受付をし、その後、午後1時からイーストハーバーで試泳を行いました。 海は穏やかで、良く晴れて、海の色が美しいロタブルーに発色しています。ロタブルーを存分に楽しむためには、太陽が真上にある 試永時が一番です。

翌日のレース本番では、レースに集中するため、ロタブルーを楽しんでいる余裕がありません。 残念なことに、その日着の日本人選手と韓国からの選手(10名)がまだ到着していません。

宮塚英也選手、松丸真正選手、松丸浩己選手、清本(ネオシステム社長)さんたちをリーダーにして、泳力に応じたグループごとに 海に出ていきました。海上には、ロタ警察のボートやジェットスキー、ルビンとブルーパームスのボート、それにダイバーが 選手たちのカバーに当たります。水中写真やドローン空撮も行いました。

【レース本番朝のハプニング】

11月18日(土)、レース本番の当日、早朝4時半頃にスイム会場のイーストハーバーへ行くと、風が強く、波もあります。ホテルでは風もなく 穏やかな天気だったのでびっくりしました。

島の西側と東側では海の状況が全然違います。昨日の海の状況とは大違いです。 前日に港に張っておいた大型テントがありません。島民たちが片付けたものと思っていたら強風に飛ばされ、サンゴ礁に上で 壊れていました。

この状況を受け、急きょ、スイムの中止を決断しました。過去23回のうちスイムを中止したのは第9回大会の1回だけです。 ラン・バイク・ランも検討したのですが、清本さんのアドバイスで、沖の外洋に出ず、 短くても湾内でスイムを実施することにしました。湾内のトライアングル3周回で約500mのスイムです。

前日の試泳に参加していない 日本人選手や韓国人選手はロタブルーを体験できなくて可哀そうですが、仕方ありません。

続く、バイクとランは落車や脱水者もなく、スムーズに展開していきました。バイクコースは全コースに亘って、10日ほど前から草刈りや 清掃が行われており、極上のコンディションに仕上げられていました。

また、ランコースも舗装の切れるキャノン(大砲)地点から 奥はブルドーザーやローラーの重機が入り、走りやすいようにフラットに整備されていました。

お金に換算すれば、膨大な額になります。トライアスロン開催のために、これだけ島を挙げて、費用をかけて、準備してくれる所は ないと思います。ありがたいことです。結局、けが人もなく、楽しく、第23回大会を終えることができました。

【レース結果】

70.3部門は5年ぶりに参加した松丸真幸選手がぶっちぎりの優勝でした。2位はSung Jo Yoo (Korea)、3位は原勝彦選手でした。 女子優勝は、松丸浩己選手でした。2位はYeojin Yang(Korea)、3位はEunpa Kim(Korea)でした。

51.5部門は、元エリート選手の平野司選手がレジェンド宮塚英也を抑えて優勝されました。3位は高橋賢選手でした。 女子優勝は中軽米恵子選手でした。2位は半田愛選手、3位はHeather Brook(Saipan)でした。

【最後に】

今年、チャーター便からレギュラー便による開催に変更したことで、レースの前後に1日程度の滞在時間ができ、ダイビングや シュノーケリングをして、ロタの海を楽しまれた参加者も多くいらっしゃいました。

また、現在、ロタ島でKFCが進めているロタコーヒー農園プロジェクトの元になっているサバナ山のジャングルに自生している野生コーヒーの 見学会に参加された人も多くいらっしゃいました。

初参加の韓国からの参加者たちも非常に楽しかった様子で、来年も参加したいと言ってくれました。来年は、ぜひ、試永に参加して、 ロタブルーを体験して欲しいものです。

今年、改めて感じたのですが、ロタ島には来訪者を引き付ける不思議な魅力があるのでは、と確信しました。リピーターの人も、初参加の人も、 参加したほとんどの人が 楽しんで、満足して、帰国されました。皆さんの笑顔から感じます。

来年からも、今年のようにロタ島の身の丈に合った 規模の大会を続けていきたいと思っています。

【レポート・フォト】
【Special Thanks】

MVA / Rota Resort & Country Club / SIRENA / Mark Michael / RUBIN / Blue Palms / Rota Bayview Hotel / JSBM / TRI-SPORTS / PAGE ONE / Neo System

写真:小野口健太, 舘岡正俊, RUBIN, Blue Palms